
人力車が走る。 坂道を喘ぎ、路地を抜け、家並みを縫って。
雪を蹴散らし、花を潜り、陽射しに汗し、落ち葉を踏み分け、木枯らしに逆らって。
人力車は遅い。 自転車よりも、自動車よりも、飛行機よりも。
北海道から沖縄まで一日で往復できる時代に、隣り町まで一時間かかる事もある。
一回で数千人もの人を運べる時代に、人力車はせいぜい一人か二人だ。
しかし、私たちは、人間の足の速度でしか走れない、人間の力の限界しか持っていないこの乗り物が好きだ。
旅は、時間を縮めることで、ただの移動に近くなり、宿は、手間を省くことで単なる宿泊所にかわりつつある。
町は街に変わり、道から土が消え、路地がなくなり、草原も空き地も雑木林も何処かへ行ってしまった。
豊かさと世間がいうものを手に、私たちは首を傾げる。
何かが足りない、と思う。
時代屋が人力車を引く。
俥夫は、道端の小石を避け、坂道の平衡を取り、車の揺れを和らげる。
客は、俥夫の心配りと背中の汗に、無言で感謝する。
乗り手と引き手がひとつになってゆく。
人力車が走る。 人間を乗せて。 人間が走る。 時代の中を。 時代屋が走る。
一期一会の気持ちを込めて。
無断転載をお断りします!
